
皆様の施設では、ようやく戻ってきた外国人ゲスト(インバウンド)の活気を、日々肌で感じていらっしゃることでしょう。
しかし、ここで一つ、皆様に問いかけたいことがあります。
「皆様の施設は、ゲストにとって『寝る場所』ですか? それとも『旅の目的そのもの』ですか?」
かつてインバウンドと言えば、買い物を楽しむ「モノ消費」が主流でした。
しかし今、彼らの関心は明確に「コト消費」(※1)、つまり「そこでしかできない体験」へとシフトしています。
(※1) コト消費 (Koto Shouhi): 商品やモノ(物)の所有に価値を見出す「モノ消費」に対し、旅行、芸術鑑賞、イベント、体験など、サービスや出来事(事)を通じて得られる経験に価値を見出す消費行動のこと。
観光庁の最新の「訪日外国人消費動向調査」を見ても、旅行支出に占める「娯察等サービス費」や「飲食費」の割合は増加傾向にあり、彼らが「体験」により多くのお金と時間を費やしていることは明らかです。(出典:観光庁 2024年データなど)
OTA(Online Travel Agent)上での価格競争から抜け出し、「あなたに会いたい」「あの体験がしたい」と指名で選ばれる旅館・ホテルになるために。
今回のコラムでは、なぜ今「体験型コンテンツ」が最強の武器となるのか、そして、皆様の施設に眠る「資産」を発見し、外国人ゲストを熱狂させる魅力的なコンテンツへと昇華させるための具体的なステップを、心理学的な側面も交えながら徹底的に解説します。
1. なぜ今、「体験(コト消費)」が最強の武器なのか?
宿泊施設が「体験」を提供すべき理由は、単にトレンドだからではありません。
皆様の経営に直結する、3つの強力なメリットがあるからです。
(1) SNS時代の最強の広告塔「UGC」
今の旅行者は、旅マエ(旅行前)にガイドブックではなくInstagramやTikTokで行き先を決めます。
彼らが信じるのは、企業の広告ではなく、「友人や他の旅行者が実際に体験している楽しそうな姿」(UGC: User Generated Content ※2)です。
(※2) UGC (User Generated Content): ユーザー(消費者)によって生成されたコンテンツ。SNSへの投稿、口コミサイトのレビュー、ブログ記事など。
例えば、ラーメン作り体験、着物での街歩き、日本の高校生活体験などは、まさに「シェアしたくなる」コンテンツです。
ゲストが皆様の施設で「映える」体験をすれば、彼らは喜んでその写真や動画をSNSに投稿します。
それは、皆様が広告費を1円も払わずに、世界中に「この宿はこんなに楽しい!」と宣伝してくれているのと同じことです。
行動心理学:社会的証明(Social Proof)
人は、自分の判断に確信が持てない時、他人の行動(特に多くの人や、自分と似た人の行動)を参考にする傾向があります。友人がSNSに上げた「楽しそうな体験」は、「私も行くべきだ」という強力な動機(社会的証明)となります。
(2) 価格競争からの完全な脱却
体験型コンテンツは、皆様の施設「だけ」が提供できるユニークな価値です。
近隣のホテルが宿泊料を1,000円下げても、皆様の施設に「オーナー自ら教える書道体験」や「料理長と行く朝市ツアー」があれば、価格で比較されることはありません。
「あの体験がしたいから、この宿を選ぶ」という動機は、価格変動の影響を受けない、非常に強力な予約の「決め手」となります。
(3) ゲストとの「深い絆」の創出
宿泊というサービスは「受け身」ですが、体験は「参加型」です。
ゲストがスタッフに教わりながら何かを作り、笑い合い、時には失敗する。
そのプロセスを通じて、ゲストとスタッフの間に「ただの客と宿の人」を超えた人間的なつながりが生まれます。
この「心の交流」こそが、旅一番の思い出となり、「ただいま」と帰ってきたくなるような、ロイヤルティ(忠誠心)の高いリピーターを育てるのです。
2. 「ウチには何もない」は思い込み!資産を掘り起こす3つの視点
「体験コンテンツと言っても、ウチは観光地の真ん中でもないし、特別な施設もない…」 そうお考えのオーナー様。それは大きな誤解です。
外国人ゲストにとって、皆様が「当たり前」と思っている日常こそが、「最高に非日常」な体験なのです。
資産を掘り起こすための3つの視点をご紹介します。
視点1:宿の「裏側(バックステージ)」は宝の山
ゲストの目に触れない部分こそ、好奇心を刺激します。
- 料理の裏側: 料理長が「出汁(だし)」を引く様子を見学、料理の盛り付け体験、まかない料理の試食。
- おもてなしの裏側: 女将(おかみ)のロビーでの生け花準備、スタッフの「おもてなし研修」への短時間参加、布団敷き体験。
- 施設の裏側: 温泉旅館なら「温泉の掃除」見学(!)や、美しい庭園の「手入れ」体験。
これらは、ゲストに「秘密の場所」を見せてもらったという特別感を与えます。
視点2:「人」こそが最強のコンテンツ
ゲストは「モノ」ではなく「人」に会いに来ます。皆様の施設の「人」のストーリーを体験にしましょう。
- オーナー/女将: 「女将と歩く朝の散歩」「オーナーが語る宿の歴史ナイトキャップ(食後酒)タイム」
- 専門スタッフ: 「ソムリエ(利き酒師)と選ぶ今夜の日本酒ペアリング体験」「元・寿司職人の仲居が教える簡単な巻き寿司教室」
- 地元の顔: 「提携農家・〇〇さんの畑で収穫体験」「地元の猟師・〇〇さんと囲炉裏を囲む会」
皆様の情熱やこだわりを直接語ることで、ゲストは施設の「ファン」になります。
視点3:「地域」と“共創”する
宿単体で完結させようとせず、地域全体を「体験の舞台」として捉えましょう。
- 近隣の寺社仏閣: 「早朝の座禅体験」「一般非公開の〇〇寺での貸切ツアー」
- 地元の職人: 「伝統工芸(例:だるま絵付け)の工房訪問&弟子入り体験」
- 日常の風景: 「地元のスーパーマーケットお買い物ツアー」「スタッフと行く居酒屋はしご酒体験」
地域と連携することで、宿は「地域への入り口」という新たな役割を担うことができます。
3. 【実践編】外国人ゲストの心を掴む!体験コンテンツ5つの型
では、具体的にどのような体験が喜ばれるのでしょうか。ここでは5つの「型」に分けて、成功事例(検索結果)を交えてご紹介します。
型1:【変身型】憧れの“あの姿”になる
(例:着物・浴衣体験、甲冑・忍者体験、日本の高校の制服体験) ゲストは、日常とは違う「もう一人の自分」になることを望んでいます。特に「日本のアニメで見た」という動機は強力です。
宿の中で完結せず、着替えたまま外出できると満足度は飛躍的に高まります。
型2:【創造型】自分で“作る”から価値がある
(例:寿司・ラーメン・たい焼き作り、食品サンプル作り、書道・だるま絵付け) 自分で作ったものに高い価値を感じる「イケア効果」を活用します。
たとえ形が不格好でも、自分で作った料理は最高に美味しく、作った工芸品は最高のお土産になります。
型3:【探求型】“本物”の知識と味を知る
(例:日本酒のテイスティング、お茶の淹れ方教室、温泉の正しい入り方講座) 「知的好奇心」を満たす体験です。
特に日本食や酒、ウェルネスへの関心は非常に高いです。
「なぜそうするのか」という背景にある文化や哲学を伝えることが重要です。
型4:【交流型】“地元の人”と触れ合う
(例:柴犬カフェ、スタッフとの餅つき大会、地元のお祭りへの参加) 最も心に残るのは、結局「人との出会い」です。
宿のスタッフ、あるいは地元の動物(柴犬など)と直接触れ合える時間は、言葉の壁を超えた温かい記憶を残します。
型5:【特別待遇型】“自分だけ”という優越感
(例:閉館後の美術館ツアー、住職と行う早朝のお勤め、料理長が自分のためだけに作る一品) 「希少性」と「限定性」は、人の行動を強く動かします。
「公式サイトから直販予約した方限定」など、特定のゲストに絞って提供することで、その価値はさらに高まります。
4. 「伝わらなければ、存在しない」― 体験を届ける情報発信
どれほど素晴らしい体験を用意しても、その魅力が伝わらなければ、存在しないのと同じです。
(1) 「動画」と「笑顔」で発信する
体験の魅力は、文字や写真だけでは伝わりません。
ゲストが楽しそうに笑っている「動画」や「顔」こそが、最も雄弁なPRとなります。
鎌倉でTripadvisor 1位を獲得したレストランは、「味だけでなく、写真や動画で“拡散される瞬間”を設計する」という戦略をとっています。
皆様も、「ゲストがどこでスマホを構えたくなるか」を設計しましょう。
(2) 「やさしい日本語」という、最高のおもてなし
体験の案内は、英語や中国語だけで十分でしょうか?
日本語を少し勉強してきたゲスト、日本語でコミュニケーションを取りたいと願っているゲストも大勢います。
そんな時、「やさしい日本語」での案内は、彼らの不安を取り除き、参加意欲を格段に高めます。
<体験案内での「やさしい日本語」活用例>
(NG)書道体験: 「まずはこちらの文鎮で半紙を固定し、硯で墨を擦ってください。筆の穂先は垂直に立てることを意識してください」
(OK)しょどう たいけん: 「(紙を見せながら)かみ を おさえます。これ(文鎮)を つかいます」 「(墨を見せながら)くろい みず を つくります。ゆっくり、ゆっくり」 「(筆を見せながら)ふで は、まっすぐ。うえ から、した へ。ゆっくり、OKです!」
このように、短く、シンプルで、ジェスチャーを交えた「やさしい日本語」は、「あなたとコミュニケーションを取りたい」という温かい意志表示そのものです。
これは、どんな翻訳アプリにも真似できない、人だからこそできる「おもてなし」です。
まとめ 体験は「出会い」の触媒。最強のリピーターを育てる
インバウンド集客における「体験型コンテンツ」とは、流行りの施策や、単なる客単価アップの手段ではありません。
それは、皆様の施設が大切にしてきた「想い」や「文化」をゲストと共有し、スタッフとゲストが「人と人」として出会い直すための触媒です。
ベッドの質や料理の豪華さだけで選ばれる時代は終わりました。
これからは、「あの宿に行けば、〇〇さんに会える」「あの宿に行けば、いつも新しい発見がある」という「感情的な繋がり」こそが、OTAのレビュー点数よりもはるかに強力な集客の原動力となります。
皆様の施設には、必ず独自の「物語」があります。
まずは、皆様の「当たり前」を棚卸しすることから始めてみませんか?
皆様の旅館・ホテルが、世界中のゲストにとって「忘れられない思い出」を創る、唯一無二の舞台となることを心から応援しています。