
円安や国際線の復便を背景に、日本を訪れる外国人観光客(インバウンド)の数は、力強い回復を見せています。観光地や皆様の店舗にも、活気が戻ってきたのではないでしょうか?
しかし、その集客、特定のOTA(Online Travel Agent )に依存しすぎてはいませんか?
「集客が楽だから」
「手数料を払ってもお客様が来るなら」
と、OTA任せの経営を続けていると、気づかぬうちに「利益なき繁忙」に陥っているかもしれません。
今回のコラムでは、なぜOTA依存が危険なのかを明らかにし、手数料という「見えないコスト」から脱却して、利益率を高め、お客様と直接つながる「直販強化」のための5つの具体的な戦略について、経営者の皆様に分かりやすく解説します。
この記事を読み終える頃には、皆様のビジネスがインバウンドのお客様にとって「選ばれる理由」を自ら創り出し、持続可能な成長を遂げるためのヒントが見つかるはずです。
1. なぜOTA依存は危険なのか?見落としがちな3つのリスク
多くの経営者がOTAを利用する理由は明快です。「圧倒的な集客力」と「手軽さ」です。
しかし、その利便性の裏には、中長期的に経営を圧迫する可能性のあるリスクが潜んでいます。
(1) 高額な手数料という「見えないコスト」
最大のデメリットは、売上の10%~25%とも言われる高額な販売手数料です。
仮に手数料が15%だとしたら、100万円の売上があっても15万円はOTAに支払うことになります。
このコストは、そのまま皆様の利益を圧迫します。
もし直販であれば、この15万円はそっくり利益(あるいは、お客様へのサービス向上やスタッフの待遇改善の原資)になったはずです。
(2) 顧客データが「自社の資産」にならない
OTA経由で予約されたお客様の氏名や連絡先などの詳細な顧客情報は、基本的にOTAが管理します。
皆様の手元には、宿泊やサービス提供に必要な最低限の情報しか残らないケースがほとんどです。
これは何を意味するか?
「一度来てくれたお客様に、もう一度アプローチする手段がない」ということです。
リピーターになっていただくためのサンクスメールも、季節のお得な情報も送れません。
顧客データは、ビジネスにおける最も貴重な資産の一つです。
その資産を、他社に握られている状態は非常に危険です。
(3) 価格競争とブランド毀損の罠
OTAのプラットフォーム上では、お客様は「価格」や「レビュー点数」で施設や店舗を比較します。
結果、近隣の競合との値下げ競争に巻き込まれやすくなります。
「安さ」だけで選ばれた場合、皆様が本当に伝えたい「こだわり」や「おもてなしの心」「ブランドの価値」は伝わりません。
これは、短期的な利益だけでなく、長期的に築き上げてきたブランドイメージをも毀損する恐れがあります。
2. 直販強化で得られる「本当の資産」とは?
OTA依存のリスクを理解した上で、なぜ今「直販」を強化すべきなのか?そのメリットは、単に「手数料が削減できる」こと以上に、皆様のビジネスの未来にとって大きな価値を持ちます。
- 利益率の大幅な改善: 手数料分がそのまま利益となり、経営基盤が安定します。
- 顧客データという「資産」の蓄積: お客様の情報を自社で管理し、CRM(※3)施策に活用できます。
- 顧客との「直接的な絆」: お客様と直接コミュニケーションを取ることで、パーソナライズされたおもてなしが可能になり、ロイヤリティ(忠誠心)が高まります。
- 自由なブランド発信: OTAの制約に縛られず、自社の魅力やストーリーを自由に、深く伝えられます。
(※3) CRM (Customer Relationship Management): 顧客関係管理。顧客情報を管理・分析し、個々の顧客に合わせたアプローチを行うことで、良好な関係を築き、長期的な利益向上を目指す経営手法。
直販強化とは、「価格」で選ばれるのではなく、「価値」で選ばれ、お客様と「一生のお付き合い」を始めるための土台作りなのです。
3. 【戦略1】「ここでしか予約できない」魅力的な自社サイトを構築する
直販の「入り口」は、間違いなく自社のウェブサイトです。
OTAの簡易的な紹介ページではなく、「ここを訪れたい」と強く思わせる、魅力的なプラットフォームが必要です。
✅ スマホ対応は当たり前。美しさと使いやすさを両立
インバウンド旅行者の多くは、旅行中にスマートフォンで情報を検索し、予約します。
パソコンで見た時は綺麗でも、スマホで見ると文字が小さい、予約ボタンが押しにくい、では即座に離脱されてしまいます。
直感的に操作でき、ストレスなく予約まで完了できる設計が不可欠です。
✅ 「私」が主役のストーリーテリング
OTAには載せきれない、皆様の「想い」を語りましょう。
なぜこの場所で、このビジネスを始めたのか。どんなこだわりを持って、日々お客様と接しているのか。
経営者やスタッフの「顔」が見えることは、AIやチャットボットが多用される現代において、何より強い信頼感と共感を生みます。
✅ 多言語対応と「やさしい日本語」というおもてなし
英語、中国語(繁体字・簡体字)、韓国語など、ターゲットとする国の言語に対応することは基本です。
しかし、それだけでは不十分です。忘れてはならないのが「やさしい日本語」での情報提供です。
すべての外国人観光客が、英語や母国語の翻訳を望んでいるわけではありません。
中には、日本語を勉強中の方や、片言でも日本語でコミュニケーションを取りたいと願っている方も多くいらっしゃいます。
「やさしい日本語」とは、難しい言葉を避け、文の構造をシンプルにして、外国人にも分かりやすくした日本語のことです。
これは、「あなたと日本語で話したい」という彼らの意欲に応える、最高のおもてなしの一つです。
<「やさしい日本語」の具体例>
- (NG)土足厳禁 → (OK)ここで くつ を ぬいでください。
- (NG)当館は全室禁煙となっております → (OK)たばこ は すえません。
- (NG)御利用頂けません → (OK)つかえません。
- (NG)別途料金が発生いたします → (OK)べつの おかね が いります。
自社サイトの「よくある質問」や「利用案内」に「やさしい日本語」のページを設けるだけで、日本文化への理解を助け、不安を取り除き、温かい「出会い」の第一歩となります。
4. 【戦略2】「公式サイトが一番お得」な仕掛けを作る
お客様がわざわざ自社サイトを訪れてくれたのに、結局「使い慣れているから」とOTAで予約されてしまっては意味がありません。
お客様が自社サイトで予約する「明確な理由」を作る必要があります。
✅ ベストレートギャランティー(最低価格保証)
「当公式サイトからのご予約が、どの予約サイトよりも一番お得です」と宣言することです。
お客様は「損をしたくない」という心理(行動心理学での損失回避)が強く働きます。
公式サイトが最安値であると保証することで、OTAを比較検索する手間を省き、予約を即決させる強力な後押しとなります。
✅ 直販限定の「希少な」特典
価格だけでなく、「体験」で差をつけましょう。
- ウェルカムドリンクサービス
- レイトチェックアウト(例:通常10時→11時)
- オーナーおすすめの隠れ家マップをプレゼント
- 地元の特産品(お菓子やお酒)の小瓶をプレゼント
これらはOTA経由では手に入らない、「公式サイトで予約した人だけ」の特別な体験です。
(行動心理学での希少性)この「特別扱い」が、お客様の満足度を大きく高めます。
5. 【戦略3】SNSと口コミで「世界中のファン」と繋がる
自社サイトを構築しても、待っているだけではお客様は来ません。
世界中に点在する「未来のお客様」に、皆様の存在を知ってもらう必要があります。
✅ 「行きたい」を刺激するビジュアル発信 (Instagram, Pinterest)
インバウンド旅行者は、旅マエ(旅行前)の情報収集にSNSを多用します。
特にInstagramやPinterestは、日本の「美」や「体験」を探す上で欠かせないツールです。
美しい料理の写真、息をのむような景色、スタッフの温かい笑顔、お客様が楽しんでいる様子などを、動画(リール)や写真で積極的に発信しましょう。
✅ 口コミの力(社会的証明)
旅行者が最も信頼する情報源の一つが、「自分と同じ旅行者からの口コミ」です。
GoogleマップやTripAdvisorなどで良い口コミが投稿されたら、感謝の返信をすることはもちろん、許可を得て自社サイトやSNSで紹介しましょう。
「こんなに多くの人が満足しているなら、ここを選んでも大丈夫だ」という安心感が、予約の最後のひと押しとなります。
✅ お客様との「直接対話」
SNSのコメントやDM(ダイレクトメッセージ)には、できる限り丁寧に対応しましょう。
たとえ片言の英語や「やさしい日本語」であっても、「人と人」として向き合う姿勢は必ず伝わります。
予約前から始まるこのコミュニケーションこそが、後に「戦略5」で述べるリピーター化への第一歩です。
6. 【戦略4】「また来たい」を生む、心に残る体験の提供
直販の最大の強みは、「予約時」から「滞在中・来店中」そして「帰国後」まで、一貫した顧客体験をデザインできることです。
✅ 予約時から始まる「おもてなし」
自社サイトから予約が入ったら、自動返信メールだけで終わらせていませんか?
少し落ち着いたタイミングで、オーナーや店長から「ご予約ありがとうございます。
〇〇様にお会いできるのを楽しみにしております」といった温かみのある(できればパーソナライズされた)メールを送りましょう。
アレルギーの有無や、何か特別なご要望がないかを伺う一言も、安心感につながります。
✅ 滞在中の「忘れられない瞬間」
OTA経由では分からなかったかもしれない、お客様の「好み」や「背景」(例:記念日旅行、日本のアニメが大好き、ベジタリアンなど)を、自社サイトの予約フォームや事前のメールで把握できていれば、最高のおもてなしが可能です。
小さなサプライズや、期待を超えるサービス。
そうした「心の交流」こそが、旅のハイライトとなります。言葉の壁など関係ありません。
笑顔と、相手を想う心があれば、それは世界共通のコミュニケーションです。
7. 【戦略5】リピーターを育てる「関係性」の構築
直販で得た顧客データは、「一回きりのお客様」を「一生のファン」に変えるための、最も重要な「宝」です。
✅ 「ありがとう」を国境を越えて
チェックアウト後、帰国された頃を見計らって、感謝のメールを送りましょう。
「旅はいかがでしたか?」「また〇〇(地名)に来る際は、ぜひお立ち寄りください」と。
その際、「もしよろしければ、旅の思い出を口コミサイトに投稿してくれませんか?」と一言添えるのも効果的です。
✅ 「あなたの帰る場所」であり続ける
一度つながったお客様には、年に数回、ニュースレター(メールマガジン)を送るのも良いでしょう。
「桜が咲きました」「新しいメニューができました」「近くに新しい美術館がオープンしました」といった地域の最新情報を伝えることで、「日本に行きたい」「あの店にまた行きたい」という気持ちを喚起します。
その際も、リピーター限定の特別なオファー(例:次回予約10%OFF、アーリーチェックイン確約など)を提示することで、「自分は特別扱いされている」という満足感を提供し、再訪の動機を強力に後押しします。
まとめ OTA依存から脱却し、「出会いの喜び」を経営の力に
経営者・店舗オーナーの皆様。OTAに頼らないインバウンド集客とは、単なる「コスト削減」や「利益率アップ」のテクニックではありません。
それは、皆様のビジネスの「本当の価値」を、皆様自身の言葉で世界に発信し、それに共感してくれたお客様と「直接」出会い、深い関係性を築いていく、という経営そのものです。
確かに、自社サイトの構築やSNSでの発信、多言語対応には、時間も労力もかかります。
しかし、その努力によって得られる「顧客との直接的な絆」という資産は、OTAの手数料のように、誰にも奪われることのない皆様だけの財産となります。
テクノロジー(自社サイトやSNS)を駆使しつつも、最後は「人と人」。
心のこもった「おもてなし」と、「やさしい日本語」のような細やかな「配慮」。
そして、異文化を背景に持つお客様との「出会い」そのものを楽しむ心。
これら全てが組み合わさった時、皆様のビジネスは「価格」で比較される存在から、「あなたに会いに、また来たよ」と言われる、唯一無二の存在へと変わっていくはずです。
まずは、皆様の「想い」が伝わる自社サイトの見直しから、始めてみませんか?