
近年、訪日外国人観光客(以下、インバウンド顧客)の増加は目覚ましく、多くの旅館やホテルがこの需要を取り込もうと努力されています。
しかし、漠然とした対策では、変化の激しいインバウンド市場で勝ち残ることはできません。
本稿では、インバウンドにも長けた経営コンサルタントとして、インバウンド顧客に選ばれる旅館・ホテルの共通点と、そのための具体的な戦略について、経営者の皆様の視点に立って解説いたします。
最初から全てに取り組む必要はありません。
規模の大小、地域柄などそれぞれに合わせた形を模索してください。
インバウンドと一概にいっても、様々なお国柄やグループ・団体の場合、FITの場合などお客様の特徴は変わります。
具体的なターゲット層をイメージすることも大事です。
各施設・従業員に合わせ、できることから取組んでいただければと思います。
1. 顧客視点に立った「おもてなし」の徹底
インバウンド顧客に選ばれる旅館・ホテルに共通するのは、徹底した「顧客視点」です。
単に設備を整えるだけでなく、彼らが何を求め、何に困るのかを深く理解し、それに応える「おもてなし」を提供することが不可欠です。
1-1. 多言語対応の充実
言語の壁は、インバウンド顧客が日本滞在中に直面する最も大きな障壁の一つです。
但し、今や外国人入国者数の6割以上がリピーターとなっています。
多くのインバウンド顧客は少しくらいの日本語は分かり、話してみたいと思う方々も増えています。
日本人との日本語での交流も貴重な体験となります。
弊社では「やさしい日本語」を取り入れることも勧めています。
外国人観光客の多くは、日本語がまったく話せないわけではありません。簡単な単語やフレーズを学んでいる方も多いため、英語よりも「やさしい日本語」の方が伝わる場面も少なくありません。
また、やさしい日本語は、特別な語学教育を受けていないスタッフでも取り組みやすく、現場レベルで即実践できるのが大きなメリットです。地域住民やアルバイトスタッフも含め、誰でも「伝えたい」という思いを形にできる手段として有効です。
多様な国や背景を持つ外国人が日本を訪れる中で、「英語対応」だけでは不十分なケースも増えていきます。そんな中、やさしい日本語は、日本らしい“おもてなし”の一環として、誰にでも伝わる情報発信の手段として、ますます重要性を増しています。インバウンド対応の第一歩として、まずはやさしい日本語の導入から始めてみてはいかがでしょうか。
例)「精算してください」ではなく「お金をはらってください」と言い換える
- スタッフの多言語対応能力の向上:
英語はもちろんのこと、中国語、韓国語など、ターゲットとする国の言語に対応できるスタッフを育成することは、顧客の安心感に直結します。
緊急時や特別な要望にもスムーズに対応できるよう、日常会話だけでなく、専門的な接客フレーズも習得させることが理想です。
全てをネイティブレベルにする必要はありませんが、「困った時に誰かに相談できる」という安心感は、宿泊施設の評価を大きく左右します。 - 多言語表示の徹底:
館内の案内表示、メニュー、利用規約、周辺地図など、あらゆる情報を多言語で表示しましょう。
特に、日本の旅館やホテル特有のルール(例:靴を脱ぐ場所、入浴方法、チップの有無など)については、写真やイラストを多用し、視覚的に分かりやすく伝える工夫が必要です。
WebサイトやSNSも多言語化し、予約前から情報を入手できるようにすることは必須です。
自動翻訳ツールも進化していますが、専門の翻訳会社に依頼するなどして、正確で自然な表現を心がけるべきです。 - ITツールの活用:
スマートチェックイン・アウトシステム、多言語対応のチャットボット、タブレット端末での館内案内など、ITツールの導入は、人手不足の解消と顧客満足度の向上を両立させる有効な手段です。
これにより、スタッフはよりきめ細やかな対面サービスに集中でき、顧客は自分のペースで必要な情報を得ることができます。
1-2. 文化・宗教への深い理解と配慮
日本を訪れるインバウンド顧客は、多様な文化や宗教的背景を持っています。
彼らが安心して滞在できるよう、以下の点に配慮することが重要です。
- 食事に関する配慮:
ハラール(イスラム教徒が食べられるもの)、ベジタリアン(菜食主義者)、ビーガン(完全菜食主義者)、グルテンフリー(小麦粉などを摂らない食事)など、様々な食のニーズに対応できるメニューを用意しましょう。
事前に宿泊客の食事に関する要望を確認し、可能な限り柔軟に対応する姿勢が求められます。
メニューにアレルギー表示を明記したり、使用食材を具体的に説明できるようにすることも重要です。 - 宗教的な習慣への配慮:
イスラム教徒の礼拝室の設置や、キブラ(メッカの方向)を示す矢印の表示、ユダヤ教徒のカシュルート(食事に関する規定)への理解など、宗教ごとの特別な配慮ができると、より高い満足度につながります。 - 日本の文化体験の提供:
インバウンド顧客の多くは、日本独自の文化に触れることを期待しています。
着物レンタル、茶道体験、生け花体験、書道体験、寿司作り体験、地元の祭りへの参加など、宿泊施設内外で日本の文化を体験できるプログラムを提供することで、深い思い出と感動を提供できます。
これは単なるアクティビティ提供に留まらず、地域の魅力を発信し、顧客の滞在をより豊かなものにする重要な要素です。
地元の職人やガイドと連携することで、より本格的で、お金では買えない価値を提供することができます。
2. オンラインプレゼンスの強化と効果的な情報発信
現代において、インバウンド顧客の多くはオンラインで情報収集を行い、予約を完結させます。そのため、宿泊施設のオンラインプレゼンスを強化し、魅力を効果的に発信することが成功の鍵となります。
2-1. 高品質な多言語Webサイトの構築
- 視覚的な魅力:
プロのカメラマンによる高品質な写真や動画を多用し、客室、食事、温泉、周辺の景観など、宿泊施設の魅力を最大限に伝えることが重要です。
特に、日本の美しい自然や伝統的な建築物は、外国人観光客にとって大きな魅力となります。 - ユーザーフレンドリーな設計:
予約システムは、海外の主要なオンライン旅行代理店(OTA:Online Travel Agent)と連携し、多言語対応でスムーズに予約できるものが必須です。
支払い方法も、クレジットカードはもちろん、AlipayやWeChat Payなど、アジア圏で普及しているモバイル決済にも対応することで、利便性が向上します。 - SEO対策の実施:
検索エンジン最適化(SEO)を行い、海外からの検索で上位表示されるようにすることで、潜在顧客にリーチできる機会が増えます。
ターゲットとなる国の言語で、彼らが検索しそうなキーワードを盛り込むなどの工夫が必要です。
2-2. SNSを駆使した魅力発信
Instagram、Facebook、TikTokなど、視覚に訴えかけるSNSは、インバウンド顧客へのアプローチに非常に有効です。
- 写真映えするコンテンツ:
旅館・ホテルの内装、料理、景色など、思わずシェアしたくなるような「写真映え」するスポットや体験を創出し、積極的に発信しましょう。
顧客が自らSNSで発信してくれるような仕掛けを作ることも重要です。 - ターゲットに合わせた情報発信:
各SNSの特性や、ターゲットとする国のユーザーが好むコンテンツを分析し、それに合わせた投稿を心がけましょう。
例えば、中国語圏ではWeiboやDouyin(TikTokの中国版)の活用も検討できます。 - インフルエンサーマーケティング:
影響力のあるインバウンド系インフルエンサーを招いて宿泊体験をしてもらい、その様子を発信してもらうことで、高いPR効果が期待できます。
3. 清潔さと安全性の確保
これは日本の宿泊施設では当たり前だと考えられがちですが、インバウンド顧客にとっては非常に重要な要素です。
- 徹底した清掃:
客室、ロビー、水回り(特にトイレや浴室)など、館内全体を常に清潔に保つことは、顧客からの信頼を得る上で不可欠です。
外国人観光客は自国と異なる環境で過ごすため、特に清潔さには敏感です。 - セキュリティ対策:
防犯カメラの設置、夜間の巡回、非常時の避難経路の明確化など、安全対策を徹底し、顧客が安心して滞在できる環境を提供しましょう。 - 災害時の対応:
日本は地震や台風などの自然災害が多い国です。
災害発生時の多言語での情報提供体制、避難経路の確保、非常食の備蓄など、緊急時の対応マニュアルを整備し、スタッフへの訓練を徹底しておく必要があります。
4. 地域との連携と付加価値の提供
宿泊施設単体だけでなく、地域全体でインバウンド顧客を迎え入れる意識を持つことで、顧客の満足度を高め、再訪を促すことができます。
- 地域情報の提供:
周辺の観光スポット、飲食店、お土産店、交通機関に関する情報を多言語で提供しましょう。
手書きの地図や、スタッフのおすすめ情報など、パーソナルな情報を提供することで、顧客はより深い滞在を楽しめます。 - 体験プログラムの共同開発:
地域の観光協会やDMO(Destination Marketing/Management Organization)、地元事業者と連携し、宿泊客限定の体験プログラムやツアーを共同で企画・実施することも有効です。
例えば、伝統工芸体験、農業体験、地元の祭りへの参加、秘境ツアーなど、その地域ならではの特別な体験を提供することで、付加価値を高めることができます。 - 地域経済への貢献:
地元の食材を積極的に使用したり、地域のお土産品を販売したりすることで、地域経済に貢献する姿勢を示すことは、インバウンド顧客に好印象を与えます。
5. 宿泊客の声を真摯に受け止め改善に活かすPDCAサイクル
成功している旅館・ホテルは、宿泊客からのフィードバックを積極的に収集し、改善に活かすPDCAサイクルを回しています。
- アンケートの実施:
チェックアウト時や滞在中に、多言語対応のアンケートを実施し、サービスの満足度や改善点について意見を求めましょう。
オンラインアンケートシステムを活用することで、集計・分析を効率化できます。 - オンラインレビューへの対応:
Googleマップ、トリップアドバイザー、OTAのレビューサイトなど、オンライン上の口コミに積極的に返信し、感謝の意を伝えたり、指摘された点について改善策を説明したりすることで、顧客との信頼関係を築き、新たな顧客獲得にも繋がります。
批判的なコメントにも真摯に対応する姿勢が重要です。 - スタッフへのフィードバックと研修:
顧客からのフィードバックをスタッフ全員で共有し、改善点について議論する機会を設けることで、サービス品質の向上に繋がります。
定期的な研修を実施し、インバウンド顧客のニーズや最新トレンドに関する知識をアップデートすることも不可欠です。
6. 個性的な「コンセプト」と「物語」の発信
画一的なサービスでは、今日のインバウンド顧客は満足しません。彼らは「ここでしか味わえない体験」や「特別な物語」を求めています。
6-1. 独自のコンセプトの明確化
貴社の旅館・ホテルには、どのような強みや特徴がありますか?例えば、
- 歴史と伝統: 創業〇年の老舗旅館で、代々受け継がれてきた伝統的なおもてなしがある。
- 立地と景観: 絶景のオーシャンビューが楽しめる、歴史的な街並みに溶け込んだ趣のある宿。
- 温泉の泉質: 特定の効能を持つ特別な温泉がある。
- 食へのこだわり: 地元の旬の食材をふんだんに使った創作料理が自慢。
- 体験型プログラム: 農業体験、漁業体験、伝統工芸体験など、地域に根差したユニークな体験を提供している。
- デザイン性: 著名な建築家が手掛けたモダンなデザイン、あるいは日本の伝統美を追求した空間。
といった具体的なコンセプトを明確にし、それを基軸としたサービスを展開することが重要です。
これにより、ターゲット顧客の心に響くメッセージを発信できます。
6-2. 「物語」を紡ぎ、共感を呼ぶ
コンセプトを単なる「特徴」で終わらせず、その背景にある「物語」を語りましょう。
例えば、
「この温泉は、昔から地域の人々の傷を癒してきた湯治場であり…」
「この建物は、〇〇家の旧邸宅を改築したもので、当時の趣を今に伝えています…」
といった具体的なストーリーは、顧客の感情に訴えかけ、深い印象を残します。
- スタッフの「顔」が見える発信:
どのような人が、どのような想いでサービスを提供しているのか、スタッフの紹介や、日々の仕事への情熱などをブログやSNSで発信することで、人間味が伝わり、顧客との心理的な距離が縮まります。 - 地域の文化や歴史との連携:
地域の伝統行事や歴史的な背景と宿泊施設を結びつけることで、単なる宿泊施設ではなく、「地域の文化を体験できる場所」としての価値を高めることができます。
7. デジタル技術を駆使したパーソナライズされた体験
現代のテクノロジーを活用することで、顧客一人ひとりに合わせた、よりパーソナルなサービスを提供することが可能になります。
7-1. 顧客データの活用
予約時の情報(国籍、年齢層、滞在目的など)や、過去の宿泊履歴、館内での行動データなどを分析し、顧客の嗜好やニーズを把握しましょう。
- 事前アンケートによるニーズ把握:
予約時に食事のアレルギー、記念日の有無、観光の目的などを事前に質問することで、到着前からきめ細やかな準備ができます。 - 滞在中のパーソナライズ提案:
例えば、温泉好きのお客様には周辺の共同浴場の情報を提供したり、日本酒に興味がある方には地元の酒蔵見学を勧めたりするなど、顧客の関心に合わせた情報提供や提案を行うことで、満足度が飛躍的に向上します。 - AIを活用したレコメンデーション:
AIチャットボットが顧客の質問履歴や好みに基づいて、最適な観光情報や館内施設をレコメンド(おすすめ)するといったサービスも、今後さらに普及していくでしょう。
7-2. シームレスな情報提供とコミュニケーション
- モバイルアプリの導入:
宿泊施設専用のアプリを開発し、チェックイン手続き、館内案内、周辺情報、ルームサービス注文などをアプリ上で行えるようにすることで、顧客の利便性を高めます。プッシュ通知を活用して、イベント情報や限定クーポンをリアルタイムで配信することも可能です。 - オンラインチェックイン・アウトの推進:
宿泊客が自身のスマートフォンでチェックイン・アウトを完結できるシステムは、フロントでの混雑緩和と待ち時間の削減に繋がり、顧客満足度を高めます。
8. 持続可能性(サステナビリティ)への取り組み
近年、環境問題や社会貢献に対する意識の高いインバウンド顧客が増えています。
宿泊施設が持続可能性への取り組みを積極的に行っていることは、彼らにとって重要な選択基準となりつつあります。
8-1. 環境への配慮
- 省エネルギー・節水:
節水シャワーヘッドの導入、LED照明への切り替え、リネン交換の頻度選択、再生可能エネルギーの活用など、具体的な取り組みを公表することで、環境意識の高い顧客からの支持を得られます。 - 廃棄物の削減:
プラスチック製品の使用削減(アメニティのバイオプラスチック化、詰め替え式の導入)、食品ロスの削減、リサイクル活動の推進など。 - 地産地消の推進:
地元の食材を積極的に使用することは、フードマイレージ(食料の輸送距離)削減にも繋がり、地域経済への貢献と合わせてアピールポイントになります。
8-2. 地域社会への貢献
- 雇用創出: 地域住民の雇用を促進し、地域経済を活性化させる。
- 文化継承への協力: 地域の伝統文化や工芸品の保存・振興に協力する。
例えば、館内に地元の伝統工芸品を展示販売したり、職人による体験会を企画したりすることなどが挙げられます。 - 地域課題への取り組み: 地域が抱える社会課題(高齢化、過疎化など)の解決に協力する姿勢を示す。
これらの取り組みは、単なるPR活動に留まらず、企業の社会的責任(CSR)を果たすことでもあります。
持続可能性への真摯な姿勢は、企業イメージを向上させ、長期的な顧客ロイヤルティの構築に繋がります。
まとめ:選ばれ続ける旅館・ホテルになるために
インバウンド顧客に選ばれる旅館・ホテルの共通点は、単なる「設備」ではなく、「心からのおもてなし」と「顧客視点に立ったきめ細やかな対応」に集約されます。
- 多言語対応の徹底: 言葉の壁をなくし、安心感を提供します。
- 文化・宗教への理解と配慮: 異文化を受け入れ、快適な滞在をサポートします。
- オンラインプレゼンスの強化: 情報発信を戦略的に行い、集客力を高めます。
- 清潔さと安全性の確保: 最も基本的ながら、最も重要な信頼の基盤です。
- 地域との連携と付加価値の提供: 宿泊体験をより豊かにし、再訪を促します。
- 顧客の声に耳を傾け、改善し続ける姿勢: 常に進化し続けることで、持続的な成長を実現します。
また、「コンセプトと物語」「デジタル技術を駆使したパーソナライズ」「持続可能性への取り組み」「危機管理と柔軟な対応力」は、インバウンド顧客に「選ばれる」だけでなく、「感動」を与え、「忘れられない思い出」を創出するための重要な要素です。
これらの要素は、いずれか一つが欠けても、インバウンド顧客からの高い評価を得ることは困難です。
経営者の皆様には、短期的な集客策に留まらず、これらの共通点を深く理解し、中長期的な視点で貴社の旅館・ホテルのブランディングとサービス向上に取り組んでいただくことを強くお勧めします。
インバウンド市場は今後も成長が見込まれます。
この波を捉え、貴社の旅館・ホテルが世界に誇る「おもてなし」の拠点となるよう、共に取り組んでいきましょう。