2025年以降のインバウンド動向と地方への影響:行政・DMOが知るべき次の一手

新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けたインバウンド(訪日外国人旅行)市場は、2024年から驚異的な回復を見せ、2025年以降もその勢いは加速すると予測されています。
この動きは、日本の経済全体に大きな好影響をもたらす一方で、これまでの「都市集中型」から「地方分散型」へと潮流が変化しつつあります。

本コラムでは、2025年以降のインバウンドの最新動向を深く掘り下げ、特に地方におけるビジネスチャンスと、それに伴う課題、そして具体的な対策について、観光業に精通したインバウンド専門の経営コンサルタントの視点から解説いたします。
皆様の事業がこの大きな波を捉え、持続的な成長を遂げるためのヒントとなれば幸いです。

第1章:2025年以降のインバウンド市場:予測と新たな潮流

1-1. 訪日外国人旅行者の「質」の変化

これまでのインバウンドといえば、「爆買い」に代表されるような「モノ消費」が中心でした。
しかし、2025年以降、訪日外国人旅行者の行動は大きく変化し、「コト消費」へのシフトがより顕著になります。

「コト消費」とは、単に商品を購入するだけでなく、体験やサービスに価値を見出す消費行動のことです。
例えば、日本の伝統文化体験(茶道、着物着付け、武道など)、地方ならではのアウトドア体験(スキー、登山、サイクリング)、地域の人々との交流、美食体験などがこれに当たります。

この変化の背景には、訪日リピーターの増加が挙げられます。
初めての訪日では主要都市を巡り「モノ」を求める傾向が強いですが、二度目、三度目となると、より深く日本の文化や地方の魅力を体験したいというニーズが高まります。
また、SNSの普及により、個性的な体験や美しい景色を共有したいという欲求も、「コト消費」を後押ししています。

1-2. 市場規模の拡大と多様化するターゲット層

2025年の訪日外国人旅行者数は、過去最高を記録した2024年をさらに上回り、4,000万人を超える可能性も指摘されています。
インバウンド消費額も8兆円規模にまで急伸し、回復どころか新たな成長軌道へと移行していることが明らかになっています。

これまでの主要なマーケットであった中国、韓国、台湾といった東アジア諸国に加え、インドネシア、ベトナム、タイ、マレーシアなどASEAN諸国からの潜在力が拡大傾向にあります。
さらに、アメリカ、カナダなど北米、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ主要国からの観光客も増加しており、UAE、サウジアラビア、トルコなど中東諸国からの富裕層マーケットも成長が期待されています。

この多様化は、私たち事業者にとって、これまでとは異なるニーズを持つ顧客層への対応が求められることを意味します。
それぞれの国・地域の文化や習慣、消費行動を理解し、きめ細やかな対応を行うことが成功の鍵となります。

出典:観光庁【インバウンド消費動向調査】より

1-3. 「セカンドシティ観光」と「スロートラベル」の台頭

2025年のインバウンド旅行トレンドのキーワードとして、「セカンドシティ観光」と「スロートラベル」が挙げられます。

「セカンドシティ観光」とは、東京や大阪、京都といった主要都市(ファーストシティ)だけでなく、地方の中核都市やその周辺地域(セカンドシティ)への訪問が増える傾向を指します。例えば、石川県金沢市、広島県広島市、福岡県福岡市などがこれに当たります。
これは、主要都市の混雑を避け、より深い日本文化や地域独自の体験を求める旅行者が増えているためです。

「スロートラベル」とは、短期間で多くの観光地を巡るのではなく、一つの地域にじっくりと滞在し、その土地の日常や文化に触れる旅のスタイルです。
これは、コロナ禍を経て、よりゆったりとした、心豊かな旅を求める傾向が強まったことも影響しています。
地方の静かで美しい自然や、そこに暮らす人々の温かさに触れる体験は、スロートラベルを志向する旅行者にとって大きな魅力となります。

これらのトレンドは、地方にとって大きなチャンスです。
これまで都市部に集中していたインバウンドの恩恵が、地方へと波及する可能性が高まっているのです。

第2章:地方への影響:チャンスと課題

2-1. 地方創生への追い風と経済効果

インバウンドの地方分散は、地方創生にとって強力な追い風となります。
訪日外国人旅行者が地方を訪れることで、以下のような経済効果が期待できます。

消費拡大による地域経済の活性化

宿泊費、飲食費、交通費、娯楽費、土産代など、様々な分野で消費が生まれ、地域経済が潤います。

地域資源の再評価と活用

地域の知られざる魅力や、これまで活用されていなかった文化・自然資源に光が当たり、新たな観光コンテンツとして磨き上げられます。

雇用の創出

観光施設の運営、サービス業、交通機関など、新たな雇用が生まれます。

交流人口の増加

旅行者と地域住民との交流が生まれ、地域の活性化につながります。

実際に、宿泊者数の伸び率では、2019年と比較して石川県(+131.5%)、愛媛県(+107.4%)、福島県(+60.8%)などが目立っており、ゴールデンルート(東京・大阪・京都を結ぶ人気の観光ルート)以外の地域にも関心が広がっていることがデータにも現れています。

2-2. 地方が抱える共通の課題

しかし、地方がインバウンドの恩恵を最大限に享受するためには、いくつかの課題を克服する必要があります。

二次交通の整備不足

地方では、鉄道やバスなどの公共交通機関が不十分な地域が多く、観光客が自由に移動できない点が大きな課題です。主要空港からのアクセスや、観光地間の移動手段の確保が急務です。

多言語対応の遅れ

案内表示、メニュー、ウェブサイト、観光案内所など、あらゆる場面での多言語対応が不足しています。特に英語以外の言語(中国語、韓国語、タイ語など)への対応は、まだ十分とは言えません。

情報発信の不足とターゲットとのミスマッチ

地方には魅力的な観光資源が多く存在しますが、その情報が外国人旅行者に十分に届いていない現状があります。また、どのような層に何をアピールすべきか、戦略的な情報発信ができていないケースも散見されます。

オーバーツーリズムへの懸念

一部の人気観光地では、観光客の集中による混雑、ゴミ問題、騒音など、地域住民の生活環境への影響(オーバーツーリズム)が懸念されています。持続可能な観光を実現するための対策が必要です。

人手不足と人材育成

観光客の増加に伴い、宿泊施設、飲食店、観光案内所などで人手不足が深刻化しています。また、外国語対応ができる人材や、異文化理解を持つ人材の育成も課題です。

キャッシュレス決済の普及遅れ

クレジットカードやモバイル決済など、外国人旅行者が慣れているキャッシュレス決済に対応していない店舗がまだ多く、消費機会の損失につながっています。

第3章:地方がインバウンドで成功するための具体的な戦略

これらの課題を乗り越え、地方がインバウンドで成功を収めるためには、戦略的なアプローチと具体的な施策が不可欠です。

3-1. 地域連携と広域観光周遊ルートの構築

単独の自治体や事業者だけでインバウンド誘致に取り組むには限界があります。
複数の市町村や地域が連携し、魅力的な広域観光周遊ルートを構築することが重要です。

  • 広域パスの導入:
    複数の交通機関や観光施設で利用できる共通のパスを導入することで、旅行者の利便性を高め、周遊を促進します。
  • テーマ性のあるルート設定:
    例えば、「歴史と文化を巡る旅」「美食と温泉を満喫する旅」「大自然を満喫するアクティビティ旅」など、特定のテーマを設定することで、旅行者の興味を引きつけ、滞在日数の延長にもつながります。
  • 地域間の情報連携:
    各地域の観光情報やイベント情報を共有し、一体となってプロモーションを行うことで、相乗効果を生み出します。

3-2. 「コト消費」を喚起するコンテンツ造成と磨き上げ

訪日外国人旅行者が求める「体験」を提供するために、地域固有の文化や自然を生かしたユニークな観光プログラムを開発し、既存のコンテンツを磨き上げることが重要です。

  • 地域文化体験:
    伝統工芸(陶芸、染物、和紙作りなど)体験、地元料理教室、農泊・漁業体験、地域の祭りへの参加など、その土地ならではの文化に触れる機会を提供します。
  • 自然・アウトドア体験:
    地域の豊かな自然を生かしたアクティビティ(ハイキング、サイクリング、カヌー、スキーなど)を充実させ、四季折々の魅力をアピールします。
  • ヘルスツーリズム・ウェルネスツーリズム:
    温泉、森林セラピー、座禅体験など、心身のリフレッシュを目的としたプログラムは、富裕層や欧米からの旅行者に特に人気があります。
  • 夜間コンテンツの充実:
    ライトアップされた歴史的建造物、地元の居酒屋での交流、夜景観賞など、日中とは異なる魅力を持つ夜間コンテンツを充実させることで、滞在期間の延長や消費額の増加につながります。

3-3. デジタルを活用した情報発信と受入環境整備

デジタル技術を最大限に活用し、外国人旅行者が必要な情報を簡単に入手でき、ストレスなく観光を楽しめる環境を整備することが不可欠です。

  • 多言語対応のウェブサイト・アプリ:
    地域の観光情報を網羅し、多言語に対応したウェブサイトやスマートフォンアプリを開発します。交通案内、飲食店の情報、宿泊施設、体験プログラムの予約機能などを統合することで、利便性を高めます。
  • SNSを活用したプロモーション:
    Instagram、Facebook、YouTube、TikTokなど、外国人旅行者が利用するSNSプラットフォームで、地域の魅力を視覚的にアピールします。外国人インフルエンサーとの連携も効果的です。
  • キャッシュレス決済の導入促進:
    QRコード決済、クレジットカード決済など、多様なキャッシュレス決済に対応できる環境を整備します。
  • 無料Wi-Fi環境の整備:
    観光地、公共交通機関、宿泊施設など、外国人旅行者が利用する主要な場所での無料Wi-Fiの提供は必須です。
  • AI翻訳・音声翻訳ツールの活用:
    人材不足を補うため、AIを活用した翻訳機や音声翻訳アプリの導入も検討します。

3-4. 人材育成と地域住民との共存

観光客を受け入れる「人」の育成は、インバウンド成功の土台となります。また、地域住民との良好な関係を築き、持続可能な観光を実現するための配慮も欠かせません。

  • 語学研修の実施:
    観光業に携わる従業員向けに、英語だけでなく、中国語、韓国語、タイ語など、主要な訪日外国人旅行者の言語研修を実施します。
  • 異文化理解研修:
    各国の文化や習慣を理解し、おもてなしの心を持って接するための研修を行います。
  • 地域ガイドの育成:
    地域の歴史や文化、自然について深く理解し、魅力的に伝えることができる専門ガイドを育成します。
  • 住民への啓発活動:
    観光客と地域住民が互いに気持ちよく過ごせるよう、観光客のマナーや地域でのルールに関する情報提供を行います。また、地域住民向けにインバウンドの重要性や恩恵を説明し、理解を深める機会を設けます。
  • オーバーツーリズム対策:
    観光客の分散化を図るため、訪問時期をずらすキャンペーン、人気の少ない観光地への誘客、予約制の導入、シャトルバスの運用による公共交通機関への負荷軽減などを検討します。

第4章:成功事例に学ぶ地方インバウンド戦略

いくつかの地方が、これらの課題を克服し、インバウンド誘致に成功している事例があります。

  • 岐阜県高山市:
    別名「飛騨の小京都」と呼ばれ、江戸時代の城下町が残る高山市は、早くからインバウンドに取り組んできた先進事例です。
    11か国語に対応したウェブサイト、多言語パンフレット、さらにコロナ禍においてもSNSでの情報発信を継続したことで、訪日外国人旅行者に人気の高い地域となっています。
    地域全体で外国人観光客を受け入れる体制が整っており、多言語対応のレストランも多いのが特徴です。
  • 石川県金沢市:
    歴史的景観と現代文化が融合した金沢市は、兼六園などの定番観光地に加え、町家を改装した宿泊施設や、茶道体験、金箔貼りワークショップなど、「その土地ならでは」の体験型コンテンツを積極的に提供しています。
    観光協会や行政がSNSを活用し、外国語での情報発信を継続している点も成功の理由です。
  • 富山県立山黒部:
    「雪の大谷」と呼ばれる壮大な雪壁がアジア圏を中心に人気を博しています。この自然の造形美を前面に打ち出し、SNSを通じての情報発信に力を入れることで、多くの観光客を誘致しています。

これらの成功事例に共通するのは、地域の魅力を最大限に引き出し、ターゲットとなる外国人旅行者のニーズを的確に捉え、デジタルとリアル双方で情報発信と受け入れ環境整備を継続的に行っている点です。

まとめ:未来を見据えた地方創生への挑戦

2025年以降のインバウンド市場は、量的拡大に加え、質的な変化も伴いながら、日本の地方に大きなチャンスをもたらします。
しかし、このチャンスを掴むためには、これまでのやり方にとらわれず、新たな視点と戦略で課題に立ち向かう必要があります。

企業経営者やお店のオーナーの皆様には、以下の点を強く意識していただきたいと思います。

  1. 「コト消費」への対応:
    単なる商品販売だけでなく、体験やサービスを通じて日本の魅力を伝えるコンテンツを企画・提供する。
  2. 多様化するターゲット層への理解:
    各国の文化やニーズを理解し、きめ細やかな対応を行う。
  3. デジタルを活用した情報発信と受入環境整備:
    多言語対応のウェブサイト、SNS活用、キャッシュレス決済、無料Wi-Fiなど、デジタルインフラの整備を加速させる。
  4. 地域連携と広域周遊ルートの構築:
    他の地域や事業者と協力し、魅力的な周遊ルートを開発する。
  5. 人材育成と地域住民との共存:
    観光客を受け入れる「人」の育成と、持続可能な観光のための地域との連携を強化する。

私たちは、インバウンドの経営コンサルタントとして、皆様の事業がこの変化の波を乗りこなし、地方創生に貢献できるよう、具体的な戦略立案から実行まで、きめ細やかにサポートさせていただきます。

日本の地方には、世界に誇るべき文化、自然、そして人々の温かさがあります。
これらを最大限に活かし、訪日外国人旅行者に忘れられない感動と体験を提供することで、皆様の事業、ひいては日本の地方が持続的に発展していくことを心から願っております。

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